北京市の公安当局にとって重大な事態が発生した。
5月12日、午後6時前、天安門広場を訪れた男性が毛沢東の巨大肖像画に発火物を投げた。それが火炎瓶のようなモノなのか、燃えているものを投げつけたのか、不明だ。
一部黒く焼け焦げた肖像画が写真に収められている。
写真:AP
事件は天安門広場にいた多くの目撃者によって確認された。AFP通信は、発生直後に現場をタクシーで通りがかったという外交官と写真家の2人にインタビューしている。
それによると、肖像画の下の方から大きな炎と黒煙があがり、警官100人ほどが消火活動と現場の封鎖作業にあたっていたという。
「タクシーを飛び降りたところ、すぐに警官がその場を立ち去るよう求めてきた。事件発生の瞬間は見ていない」
事件後、天安門広場には武装警官が緊急展開し、紫禁城への立ち入りを制限するなど、物々しい警備態勢が敷かれたもようだ。
NHKのカメラは、事件直後、毛沢東の首から胸にかけて黒く煤けた肖像画を捉えている。
画像:NHK
更に、目撃した2人によると、10分後に再び現場に戻った際には、早くも作業員が肖像画の洗浄を初めていたという。こうした事態に限っては、テキパキとした仕事ぶりである。
中共指導者層にとって毛の肖像画は神聖なもので、それは宗教上のイコン=聖画にも比する扱いを受けている。だが、一方では侵略と抑圧を象徴する血塗られた侵略者のポートレートだ。
この事件について客観的な報道は、殆どない。
伝えられているのは国営新華社からの事件概要だ。つまり当局のフィルターを通した情報である。
【猛スピードで判明した通院歴の疑惑】
新華社は、この事件で男性1人を拘束されたとしている。男は東トルキスタン共和国ウルムチ出身の35歳(36とも)で、この日、北京に到着したばかりだったという。
公表された氏名はGu Haiou。
ウイグル人の名前ではない。Gu姓を漢字にすれば「顧」だ。マイナーな姓のようだが、ベルリン映画祭で賞を取った顧長衛(クー・チャンウェイ)監督などがいる。
ただし、あくまでも新華社の情報だ。実在の人物名かどうかも怪しい。新華社報道では事件直後にも関わらず、発火物を投げた男性が、精神障害で通院した記録があると発表している。
日本でも被疑者の身元を洗うのには相応の時間が必要だ。北京での通院歴ではなく、出身地である東トルキスタンでの通院歴だろう。個人名から通院歴を1日以内で割り出すのは、不可能に近い。
初めから政治性を隠す意図があったのは明らかだ。天安門広場の中でも肖像画周辺エリアは特に警備が厳しい。その警備網をかい潜って発火物を投げるのは至難の業だ…
写真:AFP
肖像画は数メートルを超す高い位置にある。手元で火を付けた瞬間に取り押さえられても不思議ではないが、実際に投げつけたうえ、見事に当たっている。用意周到な作戦があったように見て取れる。
精神病の患者が戯れに投げたとは到底考えられない。
肖像画を傷付ければ、どのようなペナルティが課せられるか、理解していたはずだ。
【事件の政治性は隠されているが…】
1989年の第二次天安門事件の直前にも毛沢東の肖像画が狙われ、ペンキが浴びせられた。その際は、3人が逮捕され、20年から無期の懲役刑に処せられている。
国家転覆罪などの重罪だ。

ペンキぶっかけ事件直後のもよう
89年に毛沢東の肖像画にペンキを浴びせた3人のうち1人喩東岳氏がが17年の拘禁生活を終えて出所した。刑期より早い解放であったが、喩氏は独房に入れられた上に拷問を受け、精神に異常を来して自分の肉親も分からない状態だという。
今回、発火物を投げた男性も、同じような重罪に処せられることは容易に想像がつく。精神疾患者に罪が問われないのは、一部の国家だけだ。最低でも10年以上、悪ければ無期懲役だろう。
中共当局がいきなり精神疾患の履歴を前面に出したことは、逆に、背景に政治的なメッセージ性があったように感じられる。もちろん、動機が何であれ、毛沢東の肖像画が破損すれば、それだけで高度に政治的な事件だ。
シナ国内では一切報道してないと伝えられるが、それだけ当局にとっては重い意味を持つ。
これまでに報道された限りで、事件の背景を探る鍵となるのは、男の出身地とされた東トルキスタン、またはウルムチといった地名だ。中共当局は、最近、ウイグル人の動きに最大限の警戒心を払っている。
不気味なアンチ東トルキスタン・キャンペーンが続いているのだ。
【テロを悪用した人権活動家弾圧】
4月19日、東トルキスタン出身で、カナダ国籍保有者の人権活動家フセイン・ジェリルさん37歳が、中共当局によって無期懲役の刑に処せられた。
フセイン・ジェリルさん
ジェリルさんは、2001年にカナダに移住して国籍を取得していたが、ウズベキスタン滞在中に拘束され、無理やりシナ国内に移送された。その後、形式的な裁判が進められ、テロ活動などの罪を着せられた…
中共サイドは、ETIM(東トルキスタン独立運動)なる組織とジェリルさんを関連付け、テロ活動に関わったかのかのように断罪しているが、ETIM自体の存在すらハッキリしていない。
ジェリルさんの拘束については、カナダ政府も大きく問題視している。4月末からシナを訪問したカナダのマッケイ外相は、中共の楊新外相と直談判。ジェリルさんをカナダ国民として即時解放を求めた。
しかし、中共側はジェリルさんを中国籍と主張し、一歩も引かず、結局、解放には結びつかなかったようだ。残念である。

4月30日会見するカナダ外相(ロイター)
昨年1月に発足したカナダのハーパー政権は、人権問題を軸に中共と対決する姿勢を示しているが、ジェリルさんの不当拘束問題は、その中でも重要な懸案事項だ。
アムネスティも、ジェリルさんが拷問を受けている可能性が極めて高いと憂慮し、緊急行動声明を発表。国際的に注目されているのだが、中共サイドは譲らない構えを見せている。
【対テロ演習で植民地住民を威圧】
また同じウイグル人の人権活動家で、昨年度のノーベル平和賞の最終候補にもなったラビヤ・カーディルさんの息子アブキムさんに対しても、4月17日、懲役9年の刑が宣告されている。
これも暗黒裁判だ。
アブキムさん
最近になって急に、東トルキスタンの人権活動家に対するプレッシャーが過熱している。中共当局が東トルキスタンの動きに神経を払い、存在も不確かなテロ組織との対決をアピールしているようだ。
カナダのマッケイ外相が北京を訪れる直前には、東トルキスタンのウルムチで、大規模なテロ対策演習を行なった。武装警官を主体とした実弾演習である。これこそテロ掃討に名を借りた弾圧部隊だ。

公開されたウイグル人弾圧部隊(ロイター)
中共は繰り返しETIMなる組織との対決を訴えているが、そうした団体はフェイクで、実際には東トルキスタン内部で高まる独立の動きを威圧するだけのものだ。
危険な兆候である。
このような東トルキスタン独立弾圧の動きが続く中、毛沢東の肖像画を標的にした事件が発生したのだ。中共にとっては敏感にならざるを得ない事態であった。
【血塗られた侵略者を焼き払え】
文革や大躍進を知らない世代が多くなる中、シナ国内では再び毛沢東の“威光”が増しているとも言われる。
人類史上、最も多くの者を虐殺したのが、毛沢東だ。その規模は、ミニマムでも2,000万人。膨大な餓死者などを含めれば、1億人を超すとも指摘される。世界史に汚点を残す大量殺人の主犯である。
MAO
そして、毛沢東はチベットや東トルキスタンの国民にとっては侵略者以外の何者でもない。そうした国々の人々は、人民元の札を通じて毎日のように侵略者の顔を見なければならないのだ。
毛沢東は、新植民地の住人にとっては憎悪の対象である。それを「建国の父」として強引に押し付け、歪んだ歴史教育を行なっているのが現在まで続く中共政権だ。
漢民族からさえも呪われた毛沢東の罪を隠すには、スケープゴートが必要となる。そこで何時までも活用されるのが、いわゆる日本の軍国主義や“侵略戦争”である。
中共は元から、悪役・敵役を大声で宣伝し続けなければ、政権として持ち堪えることが出来ない脆弱な基盤に立っている。南京の捏造記念館のように他国を非難することで、自国の罪を隠蔽しているのだ。
中共に見られる「反日宣伝」は、そのまま中共の犯罪に置き換えられるのが特徴である。
【圧政のシンボルを倒す時】
北朝鮮の金日成像と同様に、シナ国内でも毛沢東像が住民を威圧し、奉られている。ある村では常に24時間態勢で毛沢東像の警護が行なわれているという。まったく呆れ返る個人崇拝だ。
写真:イザ
中共が打倒された暁には、旧ソ連のスターリン像と同じ運命を辿ることは目に見えている。引き摺り倒されて、徹底的に破壊…毛沢東の肖像画も同様に、怒りと共に燃やされて終わりだ。
4月27日未明、バルト3国のひとつエストニアの首都タリンは、旧ソ連兵の銅像移転をめぐって騒乱状態に陥った。
ロシア人にとって銅像はナチスからの解放者だったが、エストニア国民にとっては半世紀に渡るソ連支配のシンボルに他ならなかった。

移設されたソ連兵の像(ロイター)
旧ソ連とエストニアの関係は、中共と植民地の関係に置き換えられる。毛沢東は中共指導層にとって「建国の父」でも、抑圧される人々にとっては「侵略の父」である。
毛沢東はシナ大陸に半世紀以上も神さながらに君臨したが、果たして、あと何年もつのか…
毛沢東という“邪教の教祖”が祭られている限り、アジアの東は安定や平和とは無縁だ。
既に歴史の審判は受けている。
中共がいかに政治宣伝をしようとも毛沢東は20世紀を代表する血塗られた指導者、暗黒の侵略者なのだ。
北朝鮮の闇に消えた謎の人物の正体が明らかになった。
警視庁公安部は5月10日、新たに「よど号」グループ関係者の逮捕状を取り、国際手配の手続きに入った。
逮捕状が出たのは、これまで「小川淳」のペンネームで執筆活動を行い、現在も平壌で「よど号」メンバーらと共同生活を送っている人物だ。
画像:JNN
この男はについては、筆名の他、殆どプロフィールが分かっていなかったが、当局の調べで遂に身元が判明、公表された。
「小川淳」の正体は、熊本県出身の元神戸大生・赤木邦弥、52歳。旧姓は米村だが、今年4月「よど号」メンバー赤木志郎の実妹と正式に結婚し、名前を変えたようだ。
先月にも「小川淳」帰国の動きが出ていたが、それを見通して旧姓を隠したものと見られる。トリックめいた本名隠しのようだ。ここでは実像に近い米村邦弥(小川淳)で表記を統一する。
この米村邦弥(小川淳)は、80年代初めから欧州に渡り、数年間ウィーンで生活。そこで「よど号」グループと接点を持ち、87年4月、現地で知り合った赤木志郎の妹・美智子と共に北朝鮮に入国した。
画像:NNN
直接の容疑は、失効したパスポートを使用した旅券法違反という超微罪であるが、米村邦弥(小川淳)がウィーンで「よど号」グループと活動を共にしていた時期、有本恵子さんらが拉致されている。
米村は6月上旬にも帰国する見通しで、警視庁公安部では、日本到着後、逮捕し、実家や支援者宅など関係20ヵ所を捜索する模様だ。
【ブラックボックスの住人】
米村邦弥(小川淳)が、どのようにして欧州で活動していた「よど号」グループと関係を持ったのか、今も明らかになっていない。
他のメンバーらとは異なり、これまでは「小川淳」というペンネームによる活動しか分かっていなかったのだ。
小川淳名義では、10年以上前に日本で本も出版している。『宿命』の著者・高沢晧司氏と共同編集したマニアックな北朝鮮本『慟哭の民-1994年夏・ピョンヤン』だ。
画像:JNN
これは金日成死後の北朝鮮の様子を収めた写真集であるという。“泣き女”が総出で登場するプロパガンダ本と見られる。
高沢氏は、この本の出版経緯から米村邦弥に関する個人情報を知り得ている可能性があるが『宿命』には、ほんの1行触れられているだけだった。
ほかに、事件後ピョンヤン合流した小川淳(仮名)と赤木志郎の妹、美智子がいた。(『宿命』628頁)
また平壌で優雅に暮らす「よど号」犯の内幕を暴露した八尾恵著『謝罪します』にも小川淳はなる人物は登場しない。これは八尾恵の北朝鮮出国と米村邦弥の入国が87年に入れ違った為だ。
更に「拉致はデッチあげだ」として日本政府を糾弾している「よど号」支援者組織「かりの会」なども小川淳に触れることはなかった。
まったくの謎に包まれていた人物だったのだ。
北朝鮮というブラックボックスの住人・米村邦弥(小川淳)の存在が微かに明かされているのが、80年代の欧州を舞台にした「反核運動」の軌跡だ。
【北朝鮮が影で蠢いた反核運動】
北朝鮮亡命後「よど号」メンバーは密かに海外でも活動を行なっていた。有本恵子さんや石岡亨さん、松木薫さんが対象となった拉致作戦に他に、反核運動を欧州で組織していたのだ。

83年に拉致された有本恵子さん(JNN)
70年代末から80年代にかけて欧州を席巻した「反核運動の波」は、ソ連を黒幕とした政治宣伝と見られているが、実際には、北朝鮮も不気味な動きを続け、影で支援していた。
その際「よど号」メンバーが出張し、行なっていたのが、欧州各地に留学する日本人学生に対するオルグ活動だった。
「よど号」グループは、反核の市民運動を利用して自分達のシンパやメンバーを作ろうとしました。77年の秋、田宮高麿は、自分の部屋のすぐ目の前にある応接室で行なわれる朝の会議で、「ヨーロッパに我々の思想を宣伝し、支持者を作るためのミニコミ誌を作るんだ」と言いました。(『謝罪します』175頁)
「反核」運動工作は宣伝煽動戦の名前にふさわしくまず雑誌を発行する計画からはじめられた。(略)紙名は『おーJAPAN』と名づけられた。1978年のことである。(『宿命』410頁)
その北朝鮮プロパガンダ誌『おーJAPAN』に執筆者として加わったのが、ウィーンにいた米村邦弥(小川淳)だった。参集した日本人の中でも精力的な活動を続け、それが高じて準メンバーとなった可能性が高い。

当時、北朝鮮は核兵器に密かな野心を燃やし、着々と準備を進めていた。その中、政治宣伝として「反核」を叫んでいたのだ。
核を振り回す北朝鮮の現状から見れば、矛盾する言動だが、それが政治宣伝の本質である。
問題なのは、このよど号=北朝鮮が背後で操っていた反核運動に、我が国の文化人・言論人、そして有名政治家が堂々と支援していたことだ。
【衝撃的な小川淳の歓談相手】
5月10日、テレビ各局は、米村邦弥(小川淳)の逮捕状取得を受けて一斉に報じていたが、テレビ朝日のニュース映像に奇妙な写真が紛れ込んでいた。

『おーJAPAN』の中身を撮影したショットだと思われる。小さくて解りにくいが、写真の右端に写っているのが、米村容疑者だ。そして、奥の席に座っている白い服の女性は誰か?
土井高子である。
なぜ、社民党名誉党首が、北朝鮮のプロパガンダ雑誌に登場しているのか…
同じ会合を映した別の写真がある。電脳補完録さまから拝借したものだ。これも『おーJAPAN』に掲載された写真のようである。

画像:電脳補完録
ハッキリと土井高子だと分かるだろう。キャプションには1982年ウィーンとある。土井高子が社会党副委員長に登り詰める2年前だ。
座席の位置からも、賓客待遇で北朝鮮シンパのから歓迎されているようだ。「よど号」グループは無論、北朝鮮の政治宣伝集団と密接な関係にあったことを示す決定的な証拠写真でもある。
「1982年」以外に細かい日付は不明だが『おーJAPAN』は、その年、創刊4周年を迎え、新政治団体「新しい民主の波」を結成。82年3月21日にウィーン市内のレストランで結成宣言を採択している。
それを受け『おーJAPAN』の82年4月号には、結成会議開催に対し、土井高子が特別メッセージを寄稿しているという。
土井高子が連帯し、支援していたのは、単なる学生団体ではなく、朝鮮労働党の政治宣伝を行なうダミー組織だ。
このケースでは、土井高子が朝鮮労働党の隠れ議員として活動していたと誹られても仕方がない。普通の国家なら逮捕である。
【北朝鮮の影の党=社会党の暗躍】
更に、高沢皓司氏によれば、土井高子が祝辞を寄せた結成宣言は「よど号」リーダーの田宮高麿が書き上げた文章だという。自明のことだが「よど号」犯とはテロリストである。
我が国では、そのテロリストを公然と支援していた国会議員が、三権の長=衆院議長を勤め、議員年金の受給者となっていたのだ。これほど異常な事態が許されるはずがない。敵国犯罪集団の影の支援者が、血税を貰っていたのだ。

なぜ、この時、土井高子がウィーンにいたのか?
土井には説明責任があるだろう。当時のウィーンは「よど号」グループの海外活動拠点であったと同時に、北朝鮮の謀略拠点でもあった。東西冷戦下で、オーストリアは東側スパイ組織による西側への窓となっていたのだ。
更に、北朝鮮の政治謀略としてキャンペーンを続けていた反核運動には、土井高子に限らず、社会党も全面的に参加していた。記録を調べると、82年3月22日から飛鳥田委員長(当時)ら6人が訪欧。4ヵ国の社会主義幹部と接触している。
訪欧団は、82年5月に日本社会党の肝いりで大々的に開催された「反核東京国際会議」への参加を呼びかけるためであった。その大規模会議には朝鮮労働党の代表も参加している。
北朝鮮の工作活動と符合する動きだ。当時の社会党が北朝鮮の意向を受け、政治キャンペーンに乗り出していた証拠でもある。
【今こそ社会党と北朝鮮の闇を暴け】
5月10日の米村邦弥(小川淳)逮捕状取得を受け、有本恵子さんの母・嘉代子さんが神戸新聞のインタビューに答えている。
「拉致のことも知っているはずだが、これまで帰国したよど号関係者は、拉致関与を認めたメンバーの元妻以外は誰も語っていない。向こうに仲間が残っているから、しゃべらないのだろう」
何回も煮え湯を飲まされてきた有本嘉代子さんの気持ちも理解できる。 「よど号」関連では、公安の捜査もメディアの追及も弱腰だ。どこまで米村容疑者が、ウィーン工作の背景を知っているか…
画像:NNN
石岡享さんと松木薫さんに対し、森順子らが小旅行に誘った先もウィーンだった。そこが拉致工作の拠点になっていたことは明らかだ。
一方で、小川淳らの『おーJAPAN』の活動、北朝鮮の反核宣伝と日本社会党が連携していたことも重大だ。米村容疑者を追及すべき点は、その闇部分にある。
実際に、ウィーンで土井高子は何を語っていたのか?そして、北朝鮮の政治謀略とどう関係していたのか?
公安が米村容疑者を通じて追及すべきは、今も安穏と暮らすテロ支援者・土井高子だ。

そして、現在の社民党本体や民主党移籍組が引き継ぐ北朝鮮闇利権そのものにも、捜査の手を伸ばす必要がある。
今こそ、日本社会党と朝鮮労働党の共同謀議を暴き出せ。
参照:
電脳補完録『よど号:合流した男、6月に帰国 警視庁は逮捕の方針』
nyt.trycomp.com/modules/news/print.php?storyid=6241
神戸新聞5月10日『有本さんの母「解決期待できず」元神大生帰国へ』
www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000330342.shtml
NHKが5月7日のニュースで異様な映像を垂れ流した。
映像は平壌で撮影されたもので、内容は、北朝鮮外交部の対日担当者は、我が国の拉致事件捜査や経済制裁について一方的に非難するものだった。

北朝鮮の官僚がこうした主張を繰り返すのは、珍しくもなく、ある意味、正常運転だ。しかし、それを国営放送であるNHKが、何ら情報を精査せず、電波に乗せることは尋常ではない。
敵国のプロパガンダ工作に加担する行為である。
しかも映像で、北朝鮮の担当者と会談し、発言を受け取っているのが、同志社大教授の浅野健一である。
浅野健一は、悪名高い親北学者で自他ともに認める総連のシンパだ。NHKニュースの映像で下手に写り込んでいるグレイヘアーの男が浅野健一と思われる。

総連機関誌『朝鮮新報』でメディア評論を連載するなど、総連ベッタリの活動を続け、親北スタンス明確の言論を振りまくことで知られる金正日の御用学者だ。連続セクハラ事件で知られる女性の敵でもある。
その浅野健一が親しげに北高官と雑談する映像は、独りよがりな北朝鮮の主張を拡散する毒電波以外の何ものでもなかった…
【北スポークスマンの妄言毒電波】
映像で暴論を吐いていたのは北朝鮮外交部の李炳徳(リ・ビョンドク)で、個の人物は対日問題でスポークスマン的な役割を果たしている男だ。
昨年の7月のミサイル威嚇乱射の際、たまたま日本親北記者団が平壌の宴会に招かれていたが、そこで会見に引っ張り出されたのも李炳徳だった。
「我々は外交官なので、軍のやることは関知していないし、分からない」
昨7月の李炳徳(共同)
何も説明できず、日本国民の失笑と怒りを買ったのが李炳徳だ。日本マスコミ対応で登場する小物である。そして今回も、李炳徳はお粗末で無味乾燥な主張を繰り返した。
まず、我が国が万景峰号追放など制裁措置を半年間延長したことに触れて、こう息巻く。
「日本との関係悪化を持続させ、スムーズに進んでいる6か国協議を破綻させるものだ」
脳味噌の一部を家に忘れてきたかのようなコメントだ。北朝鮮外交部では、6ヵ国協議が今でもスムーズに進んでいるらしい。BDA問題で国際決算のイロハも知らず、世界に恥を晒した事実は、見えていない。
6ヵ国協議を行き詰まらせているのが、北朝鮮だ。ただし、不毛な6ヵ国協議の大胆に頓挫させた北朝鮮の横暴ぶりは評価に値する。
そしてNHKが「初めての反応」と喜んで伝えたのが、先の4・25朝鮮人騒擾事件への抗議だ。
朝鮮人騒擾事件
しかし李炳徳の口から出たのは劣化した紋切り型のコメントだった…
「拉致問題を無理に総連と結び付け、弾圧している」
捜索への抗議は毎度同じだ。ところが総連をパニックに陥れている徐萬述(ソ・マンスル)、許宗萬(ホ・ジョンマン)、南昇祐(ナム・スンウ)ら幹部3人の出頭要請に関して、李炳徳も非難をしなかった。
実に興味深い反応だ。これまでにも北朝鮮当局は、総連幹部3人の公安聴取方針には、何のリアクションも示していない。朝鮮中央通信など複数の自前メディアも、音沙汰なしだ。
本当に見捨てるのかも知れない。
【ニュースバリューゼロの反日報道】
このNHKニュースが最も伝えたかったのは、項目タイトルに取り上げている2児拉致事件でも国際手配だ。
渡辺秀子さんの2児・敬美ちゃん剛くん拉致事件で、4月26日に洪寿恵は国際手配された。更に翌27日には外務省が北京ルートを通じ、洪寿恵の身柄引渡を要求したが、北朝鮮当局の反応は皆無だった。
その中、李炳徳が初めて反応を示したとNHKは大威張りだ。しかし、大きく報じた割には、中身は何もない。
「存在しない人に対する国際手配は不可能だ」

相変わらずのシラの切り方だ。これまでの他の容疑者のケースと全く同じ反応である。しかし、この素っ気ない反応のどこの全国ニュースで伝えるべき価値があるのか?
何ひとつ意味のない内容だ。そこに意味があるとすれば、浅野健一が、プロパガンダをNHKに報じさせたという個人的な手柄だ。まったく視聴者には関係がない。
このニュース映像を細かくチェックすると、画質は並だが、一部のアップシーンで手振れが確認できる。市販のビデオカメラで素人が撮影した映像だ。
【浅野がNHKにねじ込んだ映像だ】
NHKの海外支局が平壌に入って撮影した場合は、プロ用の撮影機であるENGカメラを使用するが、このニュース映像は明らかにENGのクオリティではない。
またカット変わりで、インタビュー相手の顔が大きく見切れる瞬間があるが、これもプロではあり得ないミスだ。

更に、インタビューが行なわれたのは4月30日と1週間以上も前だ。GWの初めである。NHKのカメラクルーが平壌に入っていれば、直ぐに電送しただろう。
つまり、このニュースの素材VTRは、GWに平壌に遊びに行った浅野健一が、自前のカメラで撮影したプライベート映像だ。帰国した浅野本人がNHKに持ち込み、報道局がニュース素材として採用したものである。
それこそ、由々しき問題だ。浅野健一とHNK報道幹部による日本叩きのコラボレーションである。

総連中央大会で挨拶する浅野健一
報道局内で編集権を持つNHK幹部と浅野健一が密接な関係にあり、個人映像を国営放送の電波を使って垂れ流したのだ。しかも、その内容は我が国を一方的に断罪する北のプロパガンダであった。
国民の税金を使いながら、敵国の宣撫工作に加担することは、あり得ない事態だ。これ程までにNHKとは、気が狂った放送局なのか…まるで朝鮮中央テレビの日本版だ。
マスコミ批判を繰り返す浅野健一だが、NHKだけには独自のパイプを持っている。そして、浅野の意向を受け入れる幹部社員もいた…
人名の特定は出来ないが、NHKにも北朝鮮と繋がる“情報工作員”が潜んでいる。
しかもニュースの編集権を持つ幹部だ。
参照:NHKニュース5月7日『北朝鮮“容疑者存在せず”』(魚拓)megalodon.jp/ωurl=http://www3.nhk.or.jp/news/2007/05/07/d20070507000026.html&date=20070507195041
施行60年を経てゴミ箱行を待つばかりの現行憲法は、様々な俗称で小馬鹿にされてきた。
占領憲法、マッカーサー憲法、亡国憲法、一週間憲法…
どれも憲法と位置付けているが実態は、占領基本法である。占領軍が呪いを込めて日本社会と日本人に打ち込んだ丑の刻参りの五寸クギのようなものだ。

この占領基本法の不誠実さを証すのは、成立過程で見られた尋常ではないスピードだ。超適当に草案が作られたことは日付けからも明らかになっている。
昭和21年2月3日…
マッカーサーがGHQ民政局に対し、草案の作成を指示。
同2月8日…
日本政府が「憲法改正要綱」をGHQに提出
同2月13日…
GHQが日本政府案を却下、GHQ草案を日本側に手渡す
同3月6日…
GHQとの協議に基づき日本政府が改正要綱発表
つまり、2月3日の草案作成指示から10日間でGHQ草案は完成し、手渡されているのだ。
たった10日間である。しかも実際にはもっと短く9日間に満たずに作り上げられたとも言われる。
この超短期間で書き上げられた条文が、その後の数十年を支配した事実を顧みると、悲劇または喜劇としか良い様がない。
【マッカーサーが刻んだ復讐の呪文】
占領基本法をマッカーサー憲法と呼称するケースも稀に見受けられるが、それはマッカーサーの肝いりで整備された為だ。
知られた事実だが、昭和21年2月3日にマッカーサーがGHQ民政局に草案作成の指示を出した時、3つの指針を提示している。
マッカーサー3原則だ。
1:天皇を元首とする
2:国家の権利としての戦争放棄
3:封建制度の廃止

この中で最初に掲げられた「天皇=元首」の原則は、GHQ民政局のホイットニー局長サイドの反対で潰された。しかし、他の2原則は指示通りに盛り込まれる結果となった。
特筆すべきは、2番目の戦争放棄だろう。老害サヨクが絶叫するような「平和の誓い」ではなく、純粋にフィリピン戦線で我が軍に完敗したマッカーサーの怨念、復讐であった。
つまり、ここでも「憲法草案の核心部分」は、日本軍の壊滅、再生への道を閉ざすことだったのだ。
現行の憲法を「マッカーサー憲法」と呼ぶケースも見受けられるが、実際には民政局のホイットニー長官の影響も大きかったのだ。ちなみに、このホイットニーは容共主義者だったと見られている。

ホイットニー(左)とマッカーサー(中央)
そして、この3原則には、後に日本を縛り上げる重要なキーワードが埋め込まれていた…
【9条に埋め込まれた謎の造語】
憲法の問題は、あくまでも9条の問題である。厳密に言えば9条2項だ。そこには不思議な言葉が挟み込まれている。
「交戦権」
完全な造語である。9条2項以外には見られない特殊用語で、そのような権利自体、他では問われたことのない代物だ。
なぜ「交戦権」なる造語が登場したのか、来歴はハッキリしている。
マッカーサー3原則の中にあったのだ。
No Japanese army navy or air force will ever be authorized and no rights of belligerency will ever be conferred upon any Japanese force
「日本の陸海空軍は決して受け入れない。そして日本の軍隊には交戦の権利は決して与えられない」
「rights of belligerency」を戯れに「交戦権」と訳した結果だ。そこからは、9条2項がマッカーサー3原則の第2項を丸写ししたことも分かるだろう。
9条2項の問題は、国軍の創設を阻んでいるだけではない。自衛隊に限らず我が国の治安機関が「戦うこと」そのものを禁じてるのだ。
反日ファシストは、9条があった為に「日本が戦争に巻き込まれかった」と主張しているが、それはウソだ。実際に、戦後の我が国で局地的な戦闘状態が発生している。
北朝鮮による工作船侵入事件だ。
【敵国工作員が歓迎する憲法9条】
昭和40年代から沿岸ではKB(コリアン・ボート)情報が度々発令され、海保などが出動していた。横田めぐみさんが拉致された夜もKB情報がだされていた。
しかし多くの工作船出没で、海上治安機関は、逃走する工作船を追撃できず、ただ見守るしか手がなかったのだ。
自衛権しか許されていない状況では、相手が攻撃をして来なければ、こちらから撃つことは出来ない。
自衛隊が「警察行動」に縛られているのは、9条2項による。
かつては明らかな主権侵害が目の前で行われていても、迎撃することさえ不可能だったのだ。その後、海上警備行動など法令が整えられたが、許可の問題も含め万全ではない。
この「交戦権」剥奪を逆の視点から見ると、問題性はいっそう明らかになる。脱北した元北朝鮮特殊工作員・安明進(アン・ミョンジン)氏の発言だ。

「対南(韓国への)浸透は、95%成功する。失敗するとしたら、運がなかっただけのことだ」
続いては安氏は、それ以上に安全なのが日本だと明かす。100%の成功だ。その理由は分かりやすい。
「発見されても発砲される恐れがない」
また別の元工作員は日本侵入を、こう表現している。
「メシの後、トイレに行くようなものだ」
「交戦権」の剥奪で得をしているのは誰なのか…憲法9条が敵性国家の人間にとって好都合なのは明らかである。中共も北朝鮮も、そして韓国にとっても、9条は「日本封じ込め」の好材料だ。
憲法は外国人の為にあるのではない。日本国民を守り、国益に資する為に存在する。
もういい加減、我が国は自立した国家として60年の眠りから醒める時だ。自主憲法制定をこれ以上、後に続く世代に先送りしてはならない。
4月28日、ソウル市内の中共大使館前には黒い覆面を被った女性たちの異様な姿が見られた。

写真:AP
「北朝鮮民主化委員会」など20団体が組織したもので、覆面で素顔を覆っているのは女性脱北者らだ。
300人にのぼる大規模なデモ隊は、中共大使館前で脱北者の強制送還を糾弾した。
「中国は脱北した難民たちを北朝鮮に強制送還し、死に至らせている」
矢面に立たされたのは中共当局だった。更に、脱北者らは中共に対し、こう訴えている。
「脱北した難民の強制北送を続ける限り、中国にはオリンピックを開催する資格がない」

写真:AP
組織した団体は声明を通じ、中共は1982年に批准した難民協約を無視し、史上最悪の人権蹂躙国家・北朝鮮に送り返していると主張。五輪開催国である中共は、基本的な人権と国際秩序を踏みつけている…と指弾している。
参加者の中には五色のリングを抱えて抗議する者のあった。

写真:AP
抗議団体によると、中共糾弾キャンペーンは今後本格的に行われる模様で、5月下旬からは中共大使館前で五輪開催日まで連続444日間の抗議活動が行われるという。
素晴しい活動である。
そして、中共を断罪する抗議活動はワシントンでも行われた。
【北朝鮮ジェノサイド展の壮絶】
増元照明さんら「家族会・救う会」代表団が先月末、米国を訪れていた。1週間に及ぶ訪米だったが、4月22日からスタートした「北朝鮮自由週間」に合わせたものだった。
その一環としてワシントンで開催されたのが「北朝鮮ジェノサイド展」だ。
同展示会フライヤー
米国の「北朝鮮自由連合」などが企画したイベントで、北の人権状況の悲惨さを伝える資料や写真が多数展示されたという。
「北朝鮮自由連合」のスザンヌ・ショルテ会長は、その意義について、こう語っている。
「この展覧会を通じて北朝鮮で日々起きている恐ろしい悲劇を人々に知ってもらいたい」
北朝鮮ジェノサイド展では、日本から訪れた代表団が拉致被害の窮状を訴えた他、安倍首相に同行した下村博文官房副長官も展示物の見学に訪れている。
更に、28日には同じワシントンで脱北者も加わったデモも行われ、日本からは「家族会・救う会」代表団と先の公聴会で証言を行った千葉優美子さんが参加。
米議会前で声明文が読み上げられたが、デモの隊列が向かったのは、中共大使館だ。
ソウルの覆面デモと同じだ。
【慰安婦デモを上回る大規模抗議】
数十人から100人規模と見られるデモは「北朝鮮国民を死に追いやるのを止めろ」といったプラカードを手に大使館前を行進。同時に北京五輪の開催反対などを訴えた。

抗議集会の模様(北朝鮮自由連合HPより)
このデモは日本メディアでは全く報じられなかったが、興味深いのはその前々日にワシントンで開かれた慰安婦デモとの比較だ。
徐玉子らが率いた慰安婦デモは我が国で多く報道されたが、参加者は20人に満たなかったという。

一部のメディアは100人規模と報じていたが、実際は全米の韓国系市民がソッポを向くショボいデモだったのだ。
それに対し、マスコミが一切報じなかった28日の人権デモでは韓国系と見られる多くの参加者の姿があった。主催者の1人は2つのデモを比較して、こう明言している。
「今現実問題としてある中朝国境付近の中国による人権侵害を黙殺し、60年前の問題を声高に言う彼等の行為は偽善である」
その通りである。
【21世紀の性奴隷を解決させよ】
また、一連の活動に参加した「救う会」副会長の島田洋一教授も、慰安婦策動に絡めて中朝の人権侵害を批判している。
「慰安婦という過去の出来事を非難する米側の一部に対し、現在進行する北朝鮮や中国の『性的奴隷化』行為への注意を喚起できたことがよかった」
中朝国境付近で現実に起きているのが、脱北者の人身売買だ。
24日の米公聴会では、23回も売買された若い女性脱北者の悲劇が紹介されていた。脱北者女性を狙った人身売買の闇ネットワークが出来あがっているのだ。
島田教授の発言は奇を衒ったものではない。
中共も北朝鮮も現在起きている“性奴隷”の加担者である。太陽政策を掲げて脱北者イジメを続ける盧武鉉政権も同罪だろう。
政治イシューではなく、本当に人権問題として女性の尊厳を守りたいのであれば、現在進行形の悲劇から目を逸らすことは許されない。
ソウルで覆面してデモに参加した脱北者の多くが女性だった…
今、人権派が解決に向けて努力しなければならないのは、中朝国境に近いシナ辺境部で起きている脱北者の人権侵害だ。
それこそ、アジアで起きている21世紀の性奴隷の悲劇である。
参考:
『北朝鮮ジェノサイド』HP
www.nkgenocide.net
「北朝鮮自由連合〜NORTH KOREA FREEDOM COALITION
www.nkfreedom.org
売国・反日コンビの山拓せんせい&燃える男・加藤紘一。
二人が率いる中共工作機関「アジア外交・安保ビジョン研究会」がGW旅行に選んだ先は、中韓2国だった。しかも北朝鮮国境接近のオマケ付き。
ここでも連中の言う「アジア」は特亜3国である。朝日新聞は2人を「アジア重視派」と名付けているが、そのような特亜=アジアという表現が笑われていることに、未だ気が付いていないようだ。
そんな特亜のイヌ2匹が“心の宗主国様”の威を借りて、政権批判を繰り返す姿は、なかなか壮観である。売国コンビ珍道中の趣きだが、2人が未だに自民党の実力者で、反日マスコミからの出演依頼も多いだけに、その影響力は無視できない。
一足先にシナ入りしていた山拓せんせいは、加藤紘一と合流し、29日、中朝国境を視察した。国境に架かる図們大橋の手前まで足を延ばし、憧れの北朝鮮を仰ぎ見たようだ。

写真:時事通信
加藤紘一は同行記者団にうっとりと、こう語っている。
「北朝鮮と日本が自由に行き来できるようになれば、北朝鮮の体制、社会、経済はガラリと変わる。核や拉致の問題があるが、小泉前首相がやったように交流することで事態は動く」
何の根拠もなく適当に言い散らしているが、自由往来などご免だ。これまでは在日朝鮮人のみが万景峰号で自由に往来できたが、我が国の国益を損なうだけだった。
相変わらず加藤紘一は北に援助したくてウズウズしているようだ。さすがキックバックで政治資金を増やしていただけのことはある。
相棒の山拓も、投げやりなコメントだ。
【国境で北朝鮮を仰いだ山拓の無念】
「6カ国協議が決着すれば、人、経済の自由往来が始まる。その為にも日朝国交正常化は必要な条件だ。そんなに遠い将来とは思っていない」
山拓せんせいの北朝鮮に対する熱い想いも人並みならぬものがある。今や「病い膏肓に入る」といった状態だ。

図們大橋から望む北朝鮮(時事通信)
可能ならば、そのまま橋を渡って平壌に行きたかったろう。無念そうである。
北朝鮮国境に立つ前日も、せんせいは北京で吠えていた。
「拉致問題が何をもって解決するのかを日本政府は準備しなければならない」
画像:NHK
これではどこの国の政治家だか見分けがつかない。北朝鮮の高官が述べたとしても違和感のないコメントである。
そこまでして山拓が北朝鮮に媚を売る理由は何のか…あの国には喜び組以上の「悦び」があるようだ。
1月の訪朝では「3月に再訪朝する」と息巻いていた山拓せいせいだが、もう4月も終わり…新たな動きもなく5月を迎えた。
なぜ山拓の再訪朝は実現しなかったのか?
6ヵ国協議の座礁が原因なのか、それとも何らかの障害が発生したのか。
重村智計氏が、論壇誌『WiLL』5月号で、山拓訪朝の舞台裏と緊急事態をリポートしていた。北朝鮮ウォッチャーの面目躍如たるスッパ抜きである。
【せんせいに招待状を送った男】
1月の山拓せんせい訪朝をセットしたのは、朝鮮労働党の対外連絡部(社会文化部)部長・姜周一(カン・ジュイル)だったという。この姜周一という男は朝鮮総連を通じた対日工作の責任者だ。
ところが、重村氏によると、今年2月に姜周一が失脚したことが判明。
理由は汚職の発覚で、一部では国家保衛部(秘密警察)に逮捕されたとの説も囁かれているようだ。もちろん汚職は表向きの罪状で、政権中枢で何か変化が起こったのは明らかである。
1月の訪朝について、山拓せんせい自身も「姜周一の招待状」だったことを明かしているという。対日工作の現場トップから直々に山拓は招かれていたのだ。
元防衛庁長官が敵国の謀略組織と昵懇だった…恐ろしい現実である。
だが、その不埒な関係も姜周一失脚で、ご破算となった。しかも、姜の失脚劇は山拓訪朝が原因だった可能性もあるという。金正日が「山拓訪朝は失敗」と見なし、責任を取らせたとも考えられるのだ。

1月平壌から帰ってきた山拓
山拓が平壌に持って行った手土産は「小泉特使の再訪朝」だったと推測する。恐らく山拓は、自分と小泉前首相の関係を誇大宣伝していたのだ。
ところが、帰国後に小泉サイドから何のアクションもなく、山拓のウソがバレた…そこで、まんまと乗せられた姜周一は立場を失った。これが想像できるシナリオだ。
その一方で重村氏は、新たな対日担当となった姜周一への妬み嫉みがあったとも推測している。
対日担当は日本からの支援の窓口となり、巨額の財産を築くことが出来る憧れの役職だ。最高位脱北者・黄長ヨプ氏によると、かつて日本担当の部署は垂涎の的だったという。
取り扱うカネが巨額で、その分だけ裏金を溜め込むことが出来る…
新たに対日担当となった姜周一へのやっかみが、金正日政権の中枢から噴き出し、僅かな失点が政治生命を奪い取った可能性は充分に考えられるストーリーだ。
その姜周一失脚をスッパ抜いた重村リポートは、別の組織に大きな波紋を広げたという。慌てふためいたのは朝鮮総連だった。
【スクープに朝鮮総連が大パニック】
発売されて間もない『WiLL』6月号に、重村智計氏は続報を記している。爽快な気分になる内容だ。
WiLL先月号のこのコラムに、朝鮮総連は大騒ぎになった。姜周一・社会文化部長の更迭を多くの幹部が知らなかったからだ。本誌を読んで知った総連関係者の中には、「姜部長がいなくなったら、総連を保護してくれる平壌の幹部がいなくなる。総連も終わりだ」と口走る人もいた。(『WiLL』6月号216頁)
姜周一失脚情報は『週刊新潮』4月5日号も記事にしていたが、『WiLL』の方が僅かに早かった。それを読んで朝鮮総連関係者は愕然としたのだ。
その時点で失脚劇から1ヵ月以上が経っている。総連の幹部クラスが政権の内紛を伝え聞いていなかった事実は、平壌との溝の深さを如実に物語る。
総連の幹部は、これまでに姜周一に対して莫大な貢ぎ物を提供してきた。それが失脚で泡と消えたのだ。パニックになるのも頷ける。姜周一は長年、対日工作の窓口として総連を指導する立場にあった。両者は非常に緊密な関係で結ばれていたのだ。
堂々と万景峰号で新潟に乗り込み、総連幹部を船内に読んで指令を出していたのが、姜周一だった。いわゆる「船内指導」である。
【万景峰号の奥にいた黒幕・姜周一】
7年前に高世仁氏のjin-netが制作し『サンプロ』で放映でされた朝銀問題の特集にも、その名が登場している。そこで朝鮮総連財政局の元幹部は、こう告白していた。
「その伝達に来るのは、総連を指導する総連指導課というね、そのトップである姜周一が来て(伝える)」
「どうやって来るんですか?」
「船で、万景峰号」
「姜周一が船に乗って来る…」
「来て、総連中央の許宗萬に伝達するでしょう」
参照:2000年4月16日『北朝鮮送金疑惑−血税一兆円!ω 朝銀破綻の真相』 www.jin-net.co.jp/sakuhin6.htm
許宗萬(ホ・ジョンマン)とは4月25日に2児拉致事件で警視庁公安部から出頭要請が出された総連ナンバー2だ。万景峰号で不正送金を行っていた時代から暗躍を続けていた人物である。
総連にとって、パイプ役・姜周一失脚は大きな痛手だ。
金正日政権と朝鮮総連の連携は、本当に薄まっているのではないか?

都内で起きた朝鮮人騒擾事件
画期的な法執行だった4・25捜索のあと、5日が経過しても朝鮮中央通信は、何の論評も発表していない。これまでは総連施設に強制捜査が入ると、北朝鮮は敏感に反応し、発狂した抗議声明を出してきた。
毎度リアクションは決して早くはないが、4月25日の大規模な捜索を受けて、未だに反応を示さないのは、不気味な沈黙と言えよう。

軍事パレードなど派手なイベントが続く中、総連の混乱など意に介していないのかも知れない。
【会談相手が対日工作トップに昇進】
総連が金正日政権中枢とのパイプ役を失ったのは明らかだ。ただし、残念ながら、山拓せんせいの命脈が完全に絶たれたとは言えないようである。
1月に山拓が訪朝した際、姜周一の他に会談していた人物がいる。元労働党国際部の金養建(キム・ヤンゴン)だ。

胡錦濤と会談する金養建と見られる人物(左端)
北朝鮮から帰国後にテレビ出演した山拓は、平壌で金養建と接触したことを暗に認めている。
この金養建が大出世を遂げ、統一戦線部のトップに登り詰めたことが韓国・国情院の調べで4月上旬、明らかになった。
統一戦線部も対日・対南工作機関で日本人拉致にも深く関わってきた部署だ。2児拉致のユニバース事件では洪寿恵(ホン・スヘ)や高大基(コ・デギ)が統一戦線部の指示で動いていた。
また対日工作では、かつて統一戦線部のトップだった金容淳(キム・ヨンスン)が日本政界とのパイプ役を果たし、金丸訪朝団や村山訪朝団を仕掛けたことでも知られる。
そうした部署のトップに就任した金養建と山拓が1月に接触していた…山拓が対日工作のターゲットになっていることは誰の目にも明らかだ。
問題なのは、その関係が暴かれても尚、政権与党内で未だ地位を保っていることだ。まともな国家の姿ではない。
山拓を親北政治家と評するのも甘過ぎるかも知れない。 山崎拓という派閥領袖は、完全な北朝鮮のスピーカー、操り人形だ。
画像:NNN
そんな不逞政治家の発言をメディアがフィルターなしで垂れ流すことは許されない。
ついでに加藤紘一も同じ穴の狢だ。2人とも帰国便に搭乗する必要はない。心の宗主国で骨を埋めよ。
「ONE WORLD
ONE DREAM
FREE TIBET 2008」
チョモランマのベースキャンプで4月25日、北京五輪のキャッチフレーズをもじったチベット独立の横断幕が翻った。高度5,000メートル級での記録的な抗議活動である。

横断幕を掲げたのはチベット系米国人を含む5人。30分間に渡ってデモンストレーションを繰り広げ、その後、中共の国境警備兵に拘束されたもようだ。
抗議活動を行ったのは、NYを拠点に活動するSFT(スチューデンツ・フォー・フリー・チベット)のメンバーで、現在、同団体の公式サイトで声明も出している。
参照:SFTWebサイトwww.studentsforafreetibet.org
中共外交部は活動家を国外追放したと発表しているが、ネパールに抜けるには時間がかかる。果たして、どのような方法で映像を送ったのか…抗議の模様は早くもYouTubeにアップされている。
『Free Tibet Olympics Protest-Mount Everest』
今回のSFTの抗議は、通常のチベット独立要求とは趣きが異なっている。北京五輪の聖火がチベットを通過し、チョモランマ登頂も計画されていることに強く反対するものだった。
4月26日に北京で行われた五輪組織委の聖火リレー経路発表イベントに合わせ、その前日に抗議を決行。さらに映像を素早く配信したのだ。
また25日は中共に誘拐されたチベットの指導者パンチェン・ラマ11世の誕生日でもあった。
拘束されたのが米国人であったことから、CBS系ニュースチャンネルでも米時間の25日付けで抗議映像が報じられている。

不愉快な北京のイベントに冷水を浴びせる見事な抗議手法だ。
【占領地を駆ける非道の聖火リレー】
北京の聖火発表式典でIOCのロゲ会長は、こう語っていた。
「北京五輪の聖火リレーは世界中の人々に今までにない夢を残すだろう」
チベットの現実に目を背けた反人類的な宣言だ。
チョモランマで抗議を行った活動家のTシャツには、IOCに抗議する文字も記されていた。
IOC No Torch through Tibet

以前から聖火がチョモランマを越える計画が話題になっていたが、26日の発表で残念ながら確定したようだ。SFTのベースキャンプでの抗議はそれを見越してのものだった。絶妙なタイミングである。
CNNの報道によれば、活動家が連行されたキャンプには、聖火リレーのチョモランマ登頂を検討するシナの登山家や関係者70人がいたという。映像で横断幕の後ろに写っているキャンプ群が、それだ。

同団体の関係者は、IOCの決定は中共の政治的な野望を後押しするものと非難している。
中共は聖火リレーのテーマを「和謔之旅(調和の旅)」などとしているが、現実にはチベット侵略を正当化し、占領植民地の人々の心を踏み躙るものだ。
またチベット人の反発とは別に、中共は聖火リレーのコースをめぐって恥をかいた。北京にとっては、まさかのドタキャンだ。
【汚れた聖火を嫌った台湾の英断】
26日に発表された聖火リレーの経路には台北も含まれていた。ところが、台湾五輪委員会は記者会見を開き、拒否する姿勢を示した。シナの一部と見なされることへの反発だ。
写真:AFP
陳水扁総統はコメントを出していないが、「ひとつのシナ」を宣伝しようとする中共の黒い思惑にNOを突き付け、主体性をアピールするものと見られている。
台湾の五輪委員会幹部が北京に赴いて協議を重ねるなど聖火リレーの台湾通過は確定的だった。当初、中共サイドは、余りにも政治的なルートを設定していた…
「シナ→台北→シナ」
台湾がシナの一省であることを世界に印象付けるルート設定である。当然のように台湾側は反発。第三国から台湾に入り、香港に抜けるルートで折り合いが付いたと予測されていたが、それでも台湾は納得しなかった。
朝日新聞によれば、北京側は「スポーツの世界に政治的問題を持ち込んでいる」と激怒しているようだ。だが、客観的に見て、オリンピックに露骨に政治性を組み込んでいるのは中共である。
写真:AP
大々的な発表の前に台湾側と完全合意できなかった中共の失点だ。聖火リレーを「調和の旅」と名付けた胡錦濤政権はメンツ丸潰れだろう。
【雪山で手足の指を失う少年少女】
チョモランマでの抗議活動を計画・実行したSFTは、28日付けで米国紙の続報を紹介している。それによると中共当局が拘束した5人は27日早朝に解放されたという。

危険な状態からは脱したようだ。拘束された5人が米国籍であったことで国境警備隊が不当な扱いを行わなかったものと見られる。外交上の配慮だ。
もし、拘束した者が先進国の国籍ホルダーでなければ、間違いなく非道な扱いを受けていただろう。
チョモランマのベースキャンプからネパール国境に抜けるルートは限られている。昨年9月に起きたチベット難民狙撃事件の現場にも近いはずだ。
厳冬期が終わると、再びチベット難民は山脈を抜けてネパールを目指す。その多くが教育を受ける為に親と離れてインドに向かう子供たちだ。狙撃事件でも襲われた難民の殆どが未成年だった。
そうした山脈を抜けるチベット難民を追跡したドキュメンタリーがある。ドイツ人女性が監督した短編『ヒマヤラを越える子供たち』だ。

30分の短編だが、幼い少年少女が雪山を密かに越えてネパールに逃れるまでを克明に捕らえている。そのDVDで語られている現実は想像以上に残酷だった…
ヒマヤラを越えてネパールに辿り着く子供の多くが、途中で深刻な凍傷に見舞われ、手足の指を失う事態が続出しているという。『ヒマヤラを越える子供たち』は7年前、2000年の作品だが、状況は変わらないばかりか、酷くなっているようだ。
参考画像『Campaign for Tibet』Refugees
www.savetibet.org/campaigns/refugees/index.php
残酷な現実だ。そしてこれが現在も続いているチベットの悲劇である。
中共の植民地支配が終わらない限り、難民が途絶えることはない。
チベット系の人権団体主張するように、北京五輪とはシナ占領地での人権蹂躙を覆い隠す醜悪なイベントだ。
北京五輪の3大理念のひとつに「人文五輪(ヒューマニズム)」を掲げている。悪い冗談にも程がある。
国際社会にまだ少しでも良心が残っているのであれば、来年8月8日に予定される邪悪な祭典を許してはならない。

絶妙なタイミングだ。
4月25日は朝鮮人民軍の創建記念日。祖国で行われる大規模な軍事パレードと平行して、下部組織に正義の鉄槌が下されたのは、総連にとって最大の屈辱だ。
歴史的な「4・25捜索」と名付けよう。

高敬美ちゃん剛くん拉致事件で、25日朝、朝鮮総連の傘下組織などの捜索が一斉に進められた。強制捜査に乗り出したのは、警視庁公安部と兵庫県警による合同捜査本部。
国外移送目的略取容疑で踏み込んだ関連先は、東京〜愛知にまたがる計4ヵ所。
在日本朝鮮留学生同盟中央本部…東京・文京区
朝鮮問題研究所(朝鮮出版会館内)…同上
2児世話役の女自宅マンション…東京・荒川区町屋
拉致犯・洪寿恵(ホン・ジュへ)の関係先…愛知・豊橋市
警察の捜査を聞きつけた滞留外国人が参集し、大きな混乱が起きたのは、留学同中央本部と朝鮮問題研究所が入る文京区白山の朝鮮出版会館ビル前だった。
画像:FNN
研究所は拉致された姉弟の父で工作員の高大基(コ・デギ)が以前に勤務していた組織だ。
午前8時20分頃、機動隊員がガードする中、約100人の捜査員が内部に突入。

出勤してきた職員が騒ぎ出しのを始め、続々と集まった朝鮮系外国人が角棒を振り上げ、拡声器で日本語らしき言葉を叫ぶなど混乱が拡大した。

捜索開始から3時間後には、建物周辺の外国人は200人余りに膨れ上がり、機動隊員を突き上げるなど白昼堂々、暴れ始めた。
画像:NNN
総連系ヤミ金の取り立て屋が詰め掛けるお馴染みの風景だが、今回は様子が違った…
【武闘派構成員を現行犯逮捕】
警察の法執行が続く中、パリケードを突破し、捜査妨害を企てた在日朝鮮人が、その場で取り押さえられた。
画像:ANN
39歳の構成員を始め、合計3人が公務執行妨害の現行犯で逮捕された模様だ。
画期的である。
画像:NNN
これまでも捜査妨害は恒例のように行われていたが、逮捕に至ったケースは極めて珍しい。
「初めて」と報じるメディアもあった。TVカメラなどが暴行の瞬間を捕らえているにも関わらず、以前の捜索ではお咎めなしだった。
画像:JNN
それが異常だったのだが、今回は、機動隊側も暴行に泣き寝入りせず、現行犯での逮捕に踏み切ったようだ。外国人が警察官に暴行を加えて平然としているようでは法治国家の名が泣く。
軒並み逮捕するのが好ましい。
画像:NNN
捜査員を脅す在日朝鮮人の群れはプラカードを手にしているが、実際は、角棒の先に板を付けたもので、凶器の役割を果たしている。
そこに書かれた文字よりも、角棒の方が重要なのだ。
【朝鮮人騒乱で白山通り封鎖】
板には「人権蹂躙」などという噴飯ものの言葉が踊っている。しかし、そのプラカードで警察官を殴りつけているのが現実だ。

建物前に集まった外国人が最終的に何百人規模に膨れ上がったかは不明だが、日本テレビのリポートによると、混乱は周辺にも広がり、朝鮮出版会館前の道路が一時封鎖される異常事態にも発展したという。

都心の大動脈である白山通りだ。片側4車線の幹線道路である。これが朝鮮人騒乱によって封鎖されたことは、大問題だ。犯罪者を排出した加害者側の身勝手な騒乱で、首都機能の一部がマヒ状態に陥っていたのである。
日テレ以外は報じていないが、余りにも異常な事態だ。いったい何処まで日本社会に迷惑をかければ、気が済むのか?
そして、この捜索に絡んで遂に総連トップが震え上がる事態にもなった。
【序列3位まで出頭要請の屈辱】
警視庁公安部は、2児拉致事件について朝鮮総連の最高幹部・徐萬述(ソ・マンスル)ら3人から事情聴取を行う方針を明らかにし、書状で出頭を求めた。
拉致事件で朝鮮総連トップに出頭要請するのは初めてである。公安にお招きされたのは、序列1位の徐萬述の他に2人。
序列2位…許宗萬(ホ・ジョンマン)責任議長
序列3位…南昇祐(ナム・スンウ)副議長
南昇祐
つまり朝鮮総連のナンバー1から3までの最高幹部が軒並み公安部に呼びつけられたのだ。朝鮮総連としては激震の大事態である。
これは2児拉致の舞台となった西五反田のダミー商社「ユニバース・トレイディング社」が、当時の総連大幹部・金炳植(キム・ビョンシュク)によって設立された経緯にリンクしている。
事件当時、徐萬述は人事を統括する「組織局」の局長。許宗萬は、北朝鮮からの指令を受ける「国際局」部長の要職にあった。更に、南昇祐は総連直系商社「朝日輸出入商社」に在籍。この商社はユニバース社と接点があったという。
ユニバース事件は、北朝鮮工作員の拉致案件であると同時に、朝鮮総連による国内謀略活動としての色合いが濃い。そして捜査本部は、拉致容疑を前面に出しているが、渡辺秀子さん殺害事件の線も重要だ。
渡辺秀子さん
朝鮮総連の傘下企業で、ひとりの日本女性が複数の社員によって殺されていた。一方では朝鮮総連関係者による集団殺人事件であるのだ。
その幹部が事情聴取されるのは当たり前である。
徐萬述と許宗萬は、我が国で小判ザメ生活を送りながら、北朝鮮の国会議員でもある。今ではシナの朝鮮族と同じレベルの扱いだが、朝鮮労働党の幹部クラスと同格だ。
そのような“北の要人”に拉致事件で聴取が行われるのは、実に素晴しい。
一方で徐萬述ら極悪幹部3人が素直に出頭要請に応じるとは思えない。しかし突っぱねた場合、公安は強制力のある聴取方法に変えることも可能である。
さて、どうするか…そろって国外に逃亡するのもグッドアイデアだ。
4・25の屈辱的な強制捜査がこじ開けた穴は、一気に組織瓦解に結びつく突破口ではない。
だが、沈没船に等しい朝鮮総連にとっては“危険な穴”になるだろう。
在日同胞を抱えて沈没するのも、難破船となって日本海にさ迷い出るのも自由だ。
「主文、被告人を無期懲役に処する。…ルーシー・ジェーン・ブラックマンに対するわいせつ誘拐、準強姦致死、死体損壊・遺棄の点については、無罪」
その瞬間、104号法廷の傍聴席からは、どよめきが起こったという。
英国人女性ルーシー・ブラックマンさん殺害事件で東京地裁は4月24日、被告の金聖鐘(キム・スンジョン)に対し、無罪判決を言い渡した。まさかの判決だった。
金聖鐘(AP)
裁かれたのは金聖鐘が起こした女性10人の連続準強姦事件だが、あくまでも裁判の核心は、2000年のルーシーさん殺害だった。他の複数の事件については立証され、無期懲役となったものの、ルーシーさん殺しはシロ判定だ。
裁判を傍聴する為に来日していたルーシーさんの家族もショックを隠せない。
「傍聴した私たち家族全員が良い判決だと喜んでいましたが、しかし、その直後に喜びは打ち砕かれました。ルーシーは既に失われているが、司法の場でルーシーの死は認められなかった…」
閉廷後に予定されていた会見は大幅に遅れ、ようやく父親らは記者の前に姿を現したが、沈痛な面持ちで、言葉には悔しさが滲んでいた。

東京地裁の裁定は、遺族にとって到底納得できるものではなかった。なぜ、内外のメディアが注目するルーシーさん殺害事件は、意外な判決となったのか?
【英国メディアを巻き込んだ事件報道】
判決を下した栃木力裁判長は、ルーシーさん殺害について金聖鐘をシロとした理由を、こう説明した。
「死体遺棄などと同様、被告が何らかの形で関与した疑いはあるが、他の被害者と異なり、暴行場面を撮影したビデオはなく、暴行や薬物投与を直接証明する証拠はない」
非道ビデオがなかったことが無罪判定の理由?
更にルーシーさんの死因が特定できていなかったことも、金聖鐘の犯行と断定し得なかった理由に挙げられている。初動捜査の遅れ、遺体の発見の遅さが、判決にも響いた格好だ。
今から7年前…元英国航空スチュワーデスのルーシー・ブラックマンさん失踪事件は、マスコミの格好の素材となり、取材もヒートアップしていた。
沖縄サミットで当時の森首相とブレア首相が話し合うなど、事件は外交問題に発展するかのような色合いも持っていた。国内のメディアが過熱する一方で、ルーシーさんの母国・英国でも注目されていた。

10万ポンドもの懸賞金や、家族が来日して目撃者探しのビラを配るなどの活動は、特に日本人の耳目を惹き付けた。
また失踪直後に「新興宗教の修行に行っている」という謎めいた電話が友人の元に寄せられたことで、英国メディアの中にはカルト犯罪に巻き込まれた可能性を探るものもあった。
事件を重くみた警視庁捜査一課などが調べを進めたところ、ルーシーさんが勤めていた六本木の店の常連客が浮上。それが金聖鐘だった。
金聖鐘
2000年10月、警視庁は別の準強制ワイセツ事件で、金聖鐘を逮捕し、自宅の捜索を行う。これを機に、国内の報道も最高潮に達する。豪邸に暮らす謎の人物の猟奇犯罪だ…
この時点で、織原城二という日本人に成り済ましていた金聖鐘のパーソナルデータは、取材陣も入手していたはずである。しかし、膨大な情報がメディアに溢れる中で、ただの一行もなかった。
【際立った日英メディアの温度差】
2001年2月9日、神奈川県・三浦市の海岸洞窟でバラバラ遺体発見。それがルーシーさんの変わり果てた姿だった。実に、失踪から9ヵ月余りが過ぎていた。
この頃から織原城二なる猟奇犯罪者が、日本人ではないとの噂が駆け巡るようになったという。それはマスメディアではなく、ネット上での広がりだ。
帰化人説が広まるのと反比例して、マスコミ報道は徐々に下火になっていく。ニュースはもとより、本来なら犯人の半生をクローズアップするTVの情報系番組も明らかに取り扱いを小さくしていた。
初公判を例外として、ルーシー・ブラックマン事件は、マスコミの表舞台から消える…

それは日本と英国の報道の温度差を際立たせる結果にもなった。
一連の事件の公判は、60回以上にも及んでいた日本のメディアは、犯罪史に残る猟奇犯罪であるにも関わらず、殆ど報じなくなっていた。だが、英国の雑誌などは度々続報を取り上げていたようだ。
その内外報道の温度差から浮き彫りにされたのは、日本の既成マスコミの前に聳える“在日の壁”である。
【英紙が報じた帰化前の朝鮮名】
英国の有力紙『タイム』は、2年前の記事で、詳しく金聖鐘の来歴や稼業について報じていた。
参照:How the bubble burst for Lucie's alleged killer
www.timesonline.co.uk/tol/life_and_style/article555891.ece
両親が半島人だったことや、成人してから帰化したことなど詳しく報じている。日本のメディアが敢えて語らなかった事実の羅列だ。
それによると金聖鐘は1952年、大阪生まれ。星山聖鐘(ホシヤマ・セイショウ)という偽装名を使っていたこともあったようだ。また慶応大学在学中に整形したという。
大金持ちだった父親は金聖鐘が17歳の時に香港で客死。暴力団絡みの怪死だったとされる。その後、父親の残した莫大な遺産を2人の兄弟と山分け。21歳の時に日本国籍を得て、織原城二と変名した。

特筆すべきは、金聖鐘の父親がパチンコ経営で蓄財した過去だ。『タイム』紙によると“貧しい移民”だった金某は「タクシー、不動産、パチンコ」と職を変えて富を蓄えたという。
大きな元手なしに、いきなり不動産業を始めることは不可能だ。順番は異なり、パチンコ店経営が蓄財の大きな要因となったと推量するのが自然だろう。
半島人による不正蓄財の王道である。
昭和40年代に息子を慶応高校に進学させていることからも、僅かな歳月であぶく銭を溜め込んだようだ。一部のマスコミは金聖鐘に実業家との肩書きを与えたり“バブルの紳士”といった飾り文句を捧げているが、実像はまったく違う。
親の遺産をそっくり継承しただけで、しかも、そのカネはしかもパチンコ経営による脱税マネーだ。
“パチンコ王子”である。
【巨万の富を築いた滞留外国人一族】
日本のマスコミが飛びついたのは、金聖鐘の巨大な邸宅だった。庶民の度肝を抜く豪邸だ。田園調布の一角にある金聖鐘邸は、敷地面積330坪で、プール付き。放置された超高級車の群れも目を引いた。
画像:FNN
金一族は全国各地でビル経営を行っていたが、その数は想像を超える。銀座に3棟を所有している他、40近い不動産を持っていた。金聖鐘は労せずに、莫大なテナント料が入ってくる仕組みだ。
それらの多くはパチンコ脱税マネーを土地・建物に変えたものだろう。
問題なのは滞留外国人が、多くの不動産を獲得していたことだ。戦後の闇に連なる国土の略奪でもある。金
聖鐘の父親のケースがどこまで該当するか不明だが、「終戦直後のドサクサ」と表現される三国人の勢力拡大で、都市部の一等地が奪われたのは歴史的な事実だ。
日本のメディアがルーシー・ブラックマン事件で、逮捕された金聖鐘の素性に肉迫しなかったのは、そんな黒い履歴が直ぐに出てきたからだ。金聖鐘の半生に立ち入ると、当然のように闇部分に抵触する在日問題が登場してしまう…
それが報道を縮小させる結果となったのは間違いない。
『タイム』紙は、かなり込入った部分まで記述しているが、それは取材者が取り立てて有能だったのではない。わが邦の記者陣も知り得ていた情報で、知りながら書くことが出来なかったのだ。
既成メディアが在日関連報道で及腰になっている背景は大別して2種類ある。
ひとつは朝鮮総連に見られる明確な集団圧力だ。徹底的な恫喝であり、威力業務妨害も含むケースである。だが、それはある意味、判り易い。
もう1種類は明確な形を取らない複合的な要素だ。
【ネットが突き崩す“在日の壁”】
マスコミは差別という言葉に過敏に反応する習性がある。同和・在日は対マスコミ圧力の双璧だ。具体的な圧力とは別に“本能”としてメディアはブレーキを働かせる。防御本能と言っても良い。
“日本の闇”を育んだ要素でもある。
在日絡みでは、自主規制さながらメディアに蔓延したものと考えられる。触れなくて済むなら極力、無視するのだ。「触らぬ神に祟りなし」の愚昧な商業ジャーナリズムだ。戦後何十年も、そうした事なかれ主義が継承されてきた。
改めて考えることもなく、また“危険な領域”に踏み込んでも獲る物は少ない。それが何時しか報道における巨大な“在日の壁”を生んだ背景と考えられる。
一方向性の旧来のメディア様式ならば、それで逃げ切れた。比較検証されることが少なかったからだ。ところが現在は違う。ある事件で通名報道を行っても、一部のメディアが実名報道に踏み切れば、隠していることが直ぐにバレてしまう。
その昔は各社の報道内容が直後に比べられることはなかった。しかし今や、ネットユーザーが増え、新聞でもテレビ報道でも、たちどころに比較検証される時代になった。フィルターをかけるのは不可能だ。
ルーシー・ブラックマン事件でも、まずネット上で金聖鐘の名前が広がった経緯は重要だ。もし、以前のように既成マスコミのみの情報提供だったら、犯人は今でも「資産家の日本人」なのではないか?
金聖鐘
由々しきことだが、新聞・テレビのみに情報を頼る者は、織原なる男が生粋の日本人だと信じているだろう。帰化した以上、かつての名前が報じられないのは、やむを得ない。
しかし犯人がパチンコ成金の“黒い御曹司”だった事実が、事件の大きな構成要素だ。
今後、ネット言論は既成メディアを覆う理不尽な“在日の壁”を突き崩す。
そして同時に日本社会を汚す「在日の暗部」を暴き出し、やがて巨大な在日特権の破壊にも繋がるだろう。
東京の枝川に続き、大阪の朝鮮学校もトラブルになっていることが明らかになった。
舞台は東大阪市にある大阪朝鮮高級学校。市側が起こしたグラウンドの一部受け渡し訴訟に対し、4月20日、学校関係者ら1,000人規模の大集会を開催、支援を呼びかけたという。
同校HPより
在日利権の保護者である朝日新聞がローカル記事として報じていたものだが、内容は係争事項にも関わらず、総連サイドを擁護するプロパガンダである。
参照:
朝日新聞4月21日「グラウンド守りたい」大阪朝鮮高級学校mytown.asahi.com/osaka/news.phpωk_id=28000000704210001
東大阪市が明け渡しを求めているのは、大阪朝鮮高級学校のグラウンドの25%にあたる2,000平方メートル。土地は42年前に学校が購入したものだが、土地区画整理事業によって市有地となることが決定。
朝鮮学校側は立ち退きに応じず、市側は附近の土地を斡旋して交換を申し入れたが、それも拒否。事態が進展しないまま、問題の土地は95年に登記上、市有地となった。
土地区画整理事業とは災害時の緊急車両進入など都市防災上、危険なエリアを改善する為の整備事業だ。恣意的な土地収容ではなく、公共の安全を優先する考え方に基づいている。
それに対して大阪朝鮮高級学校は、地域の防災よりも自らの既得権益を優先し、占有を続けている。東大阪市は泣き寝入りしていたが、今年1月に明け渡しを求めて大阪地裁に提訴したという。

グーグルアースで覗いてみた…
都市の過密地域で、朝鮮学校は約2,500坪の広大な敷地を占領し続けているようだ。訴訟の行方は不明だが、東京都と枝川朝鮮学校の二の舞になるのではないか?
【超激安で土地を譲渡した東京都】
今年3月、東京都は朝鮮総連に完全屈服した。暴風の前に涙を呑んだ格好である。
裁判スタートから全国に名を知られるようになり、在日朝鮮人のみならず、北朝鮮シンパの“悪の聖地”となっていた一つの朝鮮学校。都内江東区枝川にある東京朝鮮第二初級学校。いわゆる枝川朝鮮学校である。
2003年、不法占拠に対し、東京都は土地の明け渡しを求めて訴訟に踏み切った。同校のグラウンドなど約4,600平方メートルが都港湾局と建設局の所有地だったのだ。
同時に、無償貸与の期限が切れた後の不法占拠についても、地代に相当する額4億円を請求した。遅過ぎた訴訟である。

ところが朝鮮総連側は、この期に及んで猛反発し、反日メディアを巻き込んだ大キャンペーンを行ってきた。これが暴風である。そのアンチ東京都プロパガンダは常軌を逸していた。
“石原都政の横暴”などと非難されたが、発端は江東区の住民が「都有地が学校に不法占拠されている」と住民監査請求を提出したことだった。
都心に隣接する広大な土地が、あろうことが滞留外国人の犯罪組織に占有されているのだ。ならず者たちを放置してはならない。
東京都と総連の一騎打ちとなった「枝川裁判」は先鋭化するかに見えた…しかし、急転直下、手打ちとなった。和解である。
3月8日、東京地裁で和解が成立。その内容は驚くべきものだった…
学校側が都に約1億7,000万円を支払い、土地の権利を獲得。これが市価の10分の1という激安価格だった。東京都は譲りに譲り、総連に完全屈服した格好だった。
水面下で何があったのか、まったくの謎である。
【筑紫哲也の毒電波「枝川特集」】
在日報道NEWS23は、4月11日に異様な特集VTRを放映した。問題となった枝川朝鮮学校に関する毒電波である。エセ日本人コンビ筑紫哲也と金平放送局長が、なぜ、ここまで総連に媚を売る必要があるのか…逆に考えさせられる特集だ。

NEWS23Webサイトより
要約すれば「素晴しきウリナラの朝鮮学校。東京都や過去の日本人は酷い」といった内容である。これは予想範囲内だが、特集では地域住民が枝川朝鮮学校を応援する映像が続くなど激しく偏ったものだった。
附近の日本人が朝鮮学校に親しみを覚えている?
実態は逆さまだろう。枝川裁判の発端は、耐え切れなくなった近隣住民による監査請求である。
筑紫と金平、総連の狙いは、そうした事実を隠蔽し、嘘を垂れ流すことにあったようだ。これをプロパガンダと言う。ジャーナリズムではない。
「NEWS23」の枝川特集は、案の定、歴史的事実を巧妙に誤摩化していた。
枝川に朝鮮人が住むようになったのは1941年のこと。当時予定されていた東京オリンピックの会場建設のため、都によってここに京生移住されられたのだ。
確かに、一般的に流布されている歴史的な経緯だ。言わば通説だが、これに山野車輪氏が『在日の地図』で異議を申し立てている。東京五輪とは無関係とする見方だ。
1938年に東京五輪の開催中止
1940年に枝川町の住宅工事の契約書締結
実に2年間のタイムラグがある。東京五輪との関係性は極めて低い。NEWS23は昭和史の断章風に物語を作っているが、時差があり過ぎる。昭和13年7月15日に東京五輪は閣議で中止が決定しているのだ。
【なぜ41年に大量の朝鮮人がいたのか?】
更に「強制移住」と表現して暗黒なイメージを掻き立てる一方、当時の東京市が28万円の予算を割いて簡易住宅を整備した事実は、一切無視している。しかも安い家賃で借りることが出来たという。
強制移住のイメージとは程遠いのが現実だ。
重要なのは、1941年に枝川集落が完成している歴史的な事実である。
朝鮮半島の労働者に対する「官斡旋」がスタートしたは1942年3月。そして強制性の含まれる「徴用」は1944年9月だ。その3年も前の時点で枝川には1,000人規模の朝鮮人がいた…
総連や反日メディアが隠したいのが、この事実である。枝川の朝鮮人は自由意思で帝都に流入して来たのだ。連中が言うように“強制連行”で無理やり押し込められたとする説は創作ストーリーである。
最初に嘘があったからこそ、総連サイドは懸命にキャンペーンを張って防衛を試みたようだ。
枝川集落とは、戦中戦後を通じて在日朝鮮人が既得権益として譲らなかった首都圏の利便な土地に過ぎない。
その必至のキャンペーンを後押しすべく、企画されたのが映画『パッチギ』の第2弾だった。
【総連プロパガンダ映画の誕生】
2004年に公開された井筒和幸監督の『パッチギ』は、1968年の京都が舞台となっていた。この作品も朝鮮高校の実態を包み隠し、プラスイメージの形成に役立つ内容と批判されているが、新作は政治的な意図が見え見えだ。
昨年10月にクランクインした2作目の『パッチギ!LOVE&PEACE』の舞台に選ばれたのは枝川だった。そこには係争中の朝鮮学校を支援する意図があったのは明らかだが、公開前に決着がついてしまったのは予想外だったろう。

枝川朝鮮学校を訪れた井筒監督(朝日新聞)
新作映画は裁判が続いていれば、絶好のプロパガンダ・ムービーとなり得た。この映画をプロデュースするシネカノンの李鳳宇(リ・ボンウ)代表も朝鮮学校の出身とされる。
フィクションである限り内容は問わないが、総連ベッタリの姿勢で営業を続ける井筒監督が、人権派まがいの言説を垂れ流すのは辟易する。北朝鮮で現在も行われている本物の人権侵害に加担する行為である。
なぜメディアを含め、枝川の朝鮮人集落について風説を流し、悲劇的な脚色を施すのか?
理由は案外、簡単だ。この枝川は在日朝鮮人の暗部を照らす、忌々しい血塗られた場所だったからである。
【警官リンチの無法三国人エリア】
江東区・枝川は、その名が示す通り、有名な枝川事件の舞台だ。戦後の闇市を支配するなど都内で跳梁跋扈した朝鮮人の非道を証す事件だった。
1949年4月。集団窃盗事件の容疑者が枝川の朝鮮人集落に居ることを突き止めた警察官3人が、同行を求めたところ、容疑者が逃走。威嚇発砲するが、それを聞き付けて数十人の朝鮮人が警察官に集団リンチを加え、拳銃2丁を奪う事件が発生した。
更に警察官を総連の前身にあたる朝連の施設内に監禁。警察官600人が出動する大事件に発展した。まさに治外法権のエリアとなっていたのだ。

昭和24年当時の朝連本部
終戦から4年を経ても“三国人の天下”だったことを証明する異常な事件である。古くから枝川周辺に暮らす住民は、そのエリアがどのような所か知っているのだ。
それだからこそ、戦後60年以上が経っても朝鮮人集落が残っていることに怖々と「NO」を突き付けた…
「NEWS23」が作為的に描いたように、周辺住民が朝鮮学校に親しみを感じていることはない。中には頓狂な住民も居るだろうが、実像は180度逆だ。そうした現実があるからプロパガンダが必要なのである。
井筒監督の映画も同じ文脈で制作されたものだ。
【帰国するなら朝鮮語も必要だが…】
終戦後、枝川の朝鮮人は、祖国に帰るチャンスが2回もあった。1回目は終戦直後であり、2回目は1950年代末の帰国事業だ。双方とも大型船まで用意されたが、帰らなかった者が殆どだった。
祖国の復興に参加することなく、日本に居座ることを選択した者たちだ。そんな連中が今でも「民族教育が大切だ」などと喚いているのは余りにも愚かしい。民族教育とは名ばかりで中身は相も変わらぬ反日洗脳教育だ。
枝川朝鮮学校の児童には、1人当たり毎年9万円超の補助金が支払われている。すべて日本人の血税だ。それを有り難く頂戴しながら「差別だ」などと息巻くのひどく滑稽な光景である。
朝鮮学校は年々生徒数が減少し、枝川朝鮮学校に至っては、全校で65人しかいない。小さな進学塾よりも少ない人数である。それでいて都心の広大な土地を占有しているのだ。誰でも上空写真から大きさを知れば、疑問に感じるだろう。

枝川朝鮮学校の広大な敷地(新入生10人未満)
なぜ、日本で暮らすのに朝鮮語が必要なのか?
終戦後に朝鮮語教育の必要性が在日社会で叫ばれた経緯は実に明快だ。祖国に帰った時、生活に困らない為である。
では、なぜ今も朝鮮語の習得が必要なのか?
帰国に向けての準備ならば、日本人は喜んで補助金を払うだろうし、学校を全面支援する。だが、帰国する意思がないのであれば問題は別だ。自分の庭に“小さな国家”が居座ることを、もうこれ以上、日本人は黙って見ていないだろう。
学校に通う児童に罪はない。悪辣なのは、学校組織や生徒を利用している朝鮮総連の大人たちだ。既得権益、在日特権の保全しか考えていない連中である。子供はある意味、犠牲者だ。
東京都は中途半端に屈服したが、将来的にもハッキリしていることが一つある。
日本社会は、金正日チルドレンなど求めていない。


by hastuyama
【燃える毛沢東】肖像画攻撃と…